- 雨と休日で演奏してくれた以前より、Paniyolo*8のサポートとして一緒にギターを弾く機会が増えて行ったと思いますが。それによって自分の演奏に変化はありましたか?
Paniyolo君と演奏するようになったのは2012年の12月だったと思います。彼がクリスマスアルバム*9を出した頃ですね。変化は確実にあります。変化でもあるけれども、原点回帰の意味合いの方が多いかもしれません。ギターを始めた時期に友人とギターデュオをしていた頃の、ギターとギターで弾くことの楽しさ、気持ちよさに立ち戻れたというか。いろんなバンドのライブでの、盛り上げたり圧倒したり引きつけたり…といったことへの工夫だけでなくて、ただギターの音と素直に向き合うことっていいな、と。Paniyolo君からの影響もありますし、真似はしていないですが、「あぁいいな」って。
- 今回のアルバムを作ろう、と思い立ったのは。
バンドを沢山してきて、一方でPaniくんとの演奏みたいに他の人の音楽を尊重して横に添える演奏も多くなってきて、そろそろ、ソロで何か創るっていうのをしてみたいなと2〜3年前から思い始めていました。ただ、やりたいことも、今やっていること(バンド)も多くて。何が自分らしいかなと考えて…。そこで、コンセプトありきのものや歌もの、オリジナルものではなく、「ギターのアルバム」をつくろう、と。
- そこでギターが出てくるんですね。どうしてギターだったんでしょうか。
自分が普段弾いている楽器の中で、一番自然に、自分だけのために弾けるのがギターだなぁ、と。アコーディオンだと、どうしても何かを表現したり、「操る」意図が表れてしまうんです。
- アルバムの方向性はどう考えたんですか?
自分で作曲した曲の美しさだとか、技術だとかでなくて、音色やテンポ、ニュアンス、そういった部分に自分らしさが表れるものになったらいいな、と。それをするときに、曲を作るより、自分が一生懸命取り組んできたアイリッシュを見捨てずに取り入れちゃう方がより自分らしくなるかな、と。
選曲についても、昔から自分が好きだった曲、バンドに提案してレパートリーになっている曲、友人に教えてもらった思い出が含まれている曲、そういった視点から選んでいきました。アイリッシュのアルバムを作るときは選曲のセンスというのが重要になってくるのですが、そこに深みや奇をてらうことはせず、自分が経てきたまんまのものにしようと。
あとは細かい話ですが、カポタスト(調を変える道具)を使わずにできるものだけにしよう、というのもあり、Dのキーで開放弦を沢山使えるものが多くなっています。アルバムでは実際はもう半音下げてD♭のDADGAD*10にして、更にピッチをA=432*11にしています。
- 開放弦の響きは余裕のある大らかな感じになるので、音の広がりがあって個人的にも好きです。プレスリリースに「リズムよりメロディー」みたいなことが書かれてありましたが、今回の録音では、やはりそこにこだわったと。
はい。メロディーの抑揚とギターの響きの機微を合わせていくのが気持ちいいな、と。普段人と弾くときはリズムを合わせることの方が重要だけど、自分ひとりで弾くならそれをギターの響きとの対話で創れるよね、という。
- ギターの響きの機微、って初めて聞いた表現ですが、良いですね。でもリズムはどんなテンポの曲調の中にもあるし、独特のリズムを有したアイルランド音楽ならではという部分は大事にしてますよね?
そうですね。メロディー自体が持つリズムと、自分の呼吸や物理的な指のリズム、の一致したところに常にいるようにしています。自分の「がんばったこと」は各バンドや各作品に散りばめてきたので、僕の場合のソロは「自分が自然でいること」が大事だなと思っています。
あとは、自分の中にあるメロディーを丁寧に神経を張り巡らせて弾くことで、耳馴染みはやさしくても、音楽的な情報量が多いものにしようと心がけました。それが「聴き込むことも聞き流すこともできるアルバムを」という部分です。さっきのギターの響きの機微、でもあるのですが…。曲の変化は少ないですが、一瞬一瞬の響かせ方や音量の変化、ちょっとしたメロディーのヴァリエーション(これはアイリッシュ音楽の醍醐味でもあります)に気を配っています。
- 先ほど自然という言葉が出てきましたが、今回のアルバムの曲を演奏する際に重要視したことは何でしょうか?
熱量です。具体的にはテンポ感や音色の熱量、ですね。
熱量は込めに込めているのですが、それが押しつけがましくなく表れていることを心がけました。「おりゃっ!」「届けっ!」みたいなものにならず、それが「ただそこに(真剣に)いる」ようになるといいなと。普段のアイリッシュ・バンドとのコントラストみたいな部分かと言われると、全部がそうではないですが、バンドのときはそういう部分が自分の中にあると思います。「ひとりであること」にとことん向き合えたことで、「ひとりではないこと」に愛おしさを強く持てるようになったと思います。演奏は勿論ですし、そうでなくても。
- 音楽家・中村大史としてはソロもバンドもどちらも大切かと思いますが、この『guitarscape』というアルバムは、これから出発点として意義のあるものでしたか?
ソロの出発点としては、音楽活動を始めた頃のように、「こんなビジョンに向かって突き進む!」というのでなく、これを作ってまたどんな出会いや展開が訪れるかな〜とワクワクしている感じです。
- なるほど!やっぱりそうなんですね。アルバムタイトルに「scape」という言葉を選んだのには理由がありますか?
タイトルは、はじめは「guitar」或いは「◯◯◯ guitar」で考えていたのですが、実際に録音して形にしていく段階で、焦点はギターそのものでなくてギターがある風景、時間だという思いが強くなって、サウンドスケープやランドスケープといった言葉から取ってきて造語にしました。学生の頃、はじめてサウンドスケープという概念*12に触れたときの共感も残っています。
- このアルバムは、アイルランド音楽としてはメインストリームから少し外れるものかもしれませんが、そのエッセンス…エッセンスの中でも重要な部分を持っているアルバムになっていると思っています。それは僕自身がアイルランド音楽に持っている愛着の部分を、ある意味イノセントな形に作り直してくれているように感じているので…。
さて、ジャケットについても聞かせてください。絵やデザイン…厚手の紙質は持った時にとてもいい感触ですし、表ジャケの文字は銀色の印刷だったり、一見地味だけどこだわりが感じられます。
ジャケットのデザインはSA+Oの佐藤史恵さん、絵は冨山太一さん、実はどちらも同郷の方です。あくまで自然な成り行きですが、そこにこだわりました。
佐藤史恵さんは僕のweb制作、北海道でのライブのフライヤーのチラシ等でご一緒しています。作家性とデザイナー業の両立感など、共感を覚えるところも多く、今回のテーマなら彼女とやりたいな、と思ってお願いしました。冨山さんは実はお会いしたことがまだないのですが(展示は見ました)、史恵さんが薦めてくれて。結果的に同じ景色の中で育った感覚を持った人と制作を進めることができました。印刷へのこだわりも、自分のモノとしての愛着や意識が、彼女のそれと通じるものがあってこその表れだと思っています。
- あと、吉祥寺のアルマカン*13。開店からもう何年でしたっけ?いまあの場所は中村君にとって良い場になっていることかと。
アルマカンは2015年4月オープンです。もうすぐ2年ですね。アルマカンを始める前は、「いつか自分が住む町で、雨と休日みたいな場所を作りたい」と思っていました。本当です。ミュージシャンである自分らしさがテーマの、CDセレクトショップ。
- ありがとうございます。そういえばそういう話を、BGM演奏してもらった当時にもしていましたね。
そんな折にアルマカンを始めることになって、その実験の場にしよう!と。でも、実際はCDも販売していますが、ライブイベント、特に遠方から僕を訪ねてくれて一緒に演奏をする場合のホームとしての機能が多くなっています。あとは優河さん*14達と企画しているAMC(アルマカンミュージックチャンネル)*15はすごくいい形で進んでいると思っています。
- AMCはコンスタントに回を重ねているし、中村君ならではの人脈の広さを感じさせる出演者コーディネイトが素晴らしいですね。あと、「場所」があるのは音楽家にとってとても良い事なんじゃないかなと思っています。
僕もそう思います。場所を持てているのはひとえに一緒にやっている妻のおかげですが…。
- ソロでのライヴは本格的にやろうと思いますか?
やりたいイメージはありますが、かなり環境を選んでしまうと思います。僕がこの場所で弾きたい、或いは、誰かがこの場所で聴きたい、という想いさえあれば、できるだけやってみたいです。
- これを読んで興味を持たれた方は是非、中村君までお問い合わせいただければ。素晴らしい時間を保証いたします。
最後に一言だけ書かせてください。作って欲しかったアルバムを作ってくれて、ありがとう!今日はお忙しい中、ありがとうございました。
(2017年3月 チャット形式インタビューにて)
恒例、雨と休日のセレクションの中からおすすめアルバムをご紹介いただきました。